長崎県 松浦市 〜地域の情報サイト・ローカルサーチ - TOP >
地方都市のための検索サイト、長崎県 松浦市 〜地域の情報サイト・ローカルサーチ。
地方限定の情報から全国の情報まで、なんでも登録されてます。
<地方都市の概要>
松浦市(まつうらし)は、長崎県北部、北松浦半島に位置する市である。
松浦党発祥の地として知られる。
律令制下では肥前国松浦郡の区域とされた。
平安時代後期の延久元年(1069年)、源氏(嵯峨源氏)の流れを汲む
源久が松浦郡宇野御厨の検校となり、現在の市域にあたる梶谷に住み松浦久と名乗り、
太夫判官と称して松浦郡・彼杵郡の一部及び壱岐郡を治めた。
この松浦久のもとで松浦党と呼ばれる武士団が結成された。
松浦党は水軍として有名で、元寇でも活躍している。
江戸時代には藩庁は置かれなかった。
その後は当地を含む北松浦半島一帯(離島部を含む)で石炭の存在が発見され、
明治時代から戦後にかけて石炭産業(北松炭田)で栄え、
最盛期にあたる1955年の国勢調査では人口44,057人を数えた。
しかし1960年代以降のエネルギー革命で炭鉱はすべて閉山し、
それ以降は戦前から続く漁業のほか火力発電所の建設で産業基盤の維持を図っているが、
依然として人口減少が続いている。
松浦魚市場における総水揚げ量89,294トン(日本第8位)。
アジの漁獲量は約35,000トン、サバの漁獲量は約4万トンでどちらも日本一(2002年のデータ)。
当地産のアジ・サバは「旬あじ」「旬さば」のブランド名を名乗る。
【詳細検索の説明】
- 検索条件
キーワードを複数指定したい場合に有効です
キーワードはスペース(空白文字)で区切って複数指定することができます
[すべての語を含む] ・・・指定したすべてのキーワードを含むデータのみ検索します
[いずれかの語を含む] ・・・指定したキーワードが一つでも入っているデータを検索します
- 検索式を使用
このチェックを入れるとキーワードを検索式として検索することができます
[使用可能なオプション]
and ・・・このオプションに続くキーワードを含むデータを検索します(AND条件)
or ・・・このオプションに続くキーワードを含むデータを検索します(OR条件)
not ・・・このオプションに続くキーワードを含まないデータを検索します
たとえば「ホーム」というキーワードを含んで「ホームページ」というキーワードが含まれないデータを検索する場合は、
ホーム not ホームページ
とキーワード欄に記入してください。
- 検索エンジン
使用する検索エンジンを指定します。
長崎県 松浦市 〜地域の情報サイト・ローカルサーチ以外の検索エンジンではその他の条件を指定できない場合があります
- カテゴリ指定
検索するカテゴリを限定することができます。
指定しないを選択した場合にはすべてのカテゴリから検索します。
[オプション]
指定カテゴリのみ ・・・選択したカテゴリのみを検索対象とします
指定カテゴリ以下 ・・・選択したカテゴリとその下の階層にあるカテゴリを検索対象とします
- 日付指定
データの登録日/更新日を検索対象に指定することができます
[コマンドの説明]
today-x ・・・本日を基準に日付を指定するコマンドです
(例1)本日登録/更新されたのデータを検索する場合
today とコマンド欄に入力する。
(例2)10日前に登録/更新されたデータを検索する場合
today-10 とコマンド欄に入力する。
year/month/day ・・・西暦で日付を指定するコマンドです
(例1)2000年5月15日に登録/更新されたデータを検索する場合
2000/05/15 とコマンド欄に入力する。
(例2)1999年10月25日に登録/更新されたデータを検索する場合
1999/10/25 とコマンド欄に入力する。
[start_day]-[end_day] ・・・本日を基準に指定した期間中のデータを検索するコマンドです
(例1)30日前〜本日までの間に登録/更新されたデータを検索する場合
30-0 とコマンド欄に入力する。
(例2)100日前〜50日前までに登録/更新されたデータを検索する場合
100-50 とコマンド欄に入力する。
- カテゴリ名検索
キーワードでカテゴリを検索することができます
「しない」にチェックするとカテゴリを検索しません
- 検索結果画面の開き方
検索結果画面の開き方を選択することができます
ブラウザの設定でJavaScriptを使用しない設定にしている場合には動作しません
検索オプションとしては保存されません
- 検索オプションを保存
この項目にチェックを入れると詳細画面での検索時に前回検索時に使用したオプションをあらかじめ選択された状態にすることができます
▲ページ先頭に戻る
■松浦党■
松浦党(まつらとう)は、平安時代から戦国時代に肥前松浦地方で組織された武士団の連合。水軍として有名。
嵯峨源氏の流れをくむ松浦氏を惣領とし、
渡辺綱にはじまる渡辺氏を棟梁とする摂津の滝口武者の一族にして水軍として瀬戸内を統括した渡辺党の分派とされる。
祖の松浦久(渡辺久、源久)は、渡辺綱(源綱)の子の奈古屋授(渡辺授、源授)の子とされ、
松浦郡宇野御厨の荘官(検校)となり、松浦郡に所領を持ち松浦の苗字を名のる。
一族は、それぞれの拠点地の地名を苗字とし、一族の結合体を松浦党という。
党的結合体であるから中心となる氏の強い統制によるものではなく、同盟的なものであったといえる。
その中から指導力と勢力のある氏が、松浦党の惣領となった。
本流の摂津の渡辺党は摂津源氏の源頼政一族の配下にあったが、
肥前の松浦党は平家の家人であり、源平合戦においては当初は平家方の水軍であった。
しかし、壇ノ浦の戦いでは源家方につき、源家方の勝利に大きく貢献したことから、
その功により、鎌倉幕府の西国御家人となり、また九州北部の地頭職に任じられる。
しかしながら同じ環境にあった秋月氏や蒲池氏、菊池氏などと同じく、
元平家家人の九州御家人を信頼していない源頼朝が送り込んだ少弐氏、島津氏、大友氏などの「下り衆」の下に置かれる。
特に13世紀の元寇の時には佐志氏や山代氏をはじめ活躍したことで知られる。